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研究テーマ

ゾウリムシの自発的なクラスター形成とそのダイナミクス
1次元系におけるゾウリムシの自発的なクラスター形成とそのダイナミクス

林叔克^{1,2}、緒方舞子^3、菅原研^4、早川美徳^3
1 NPO 法人natural science
2 東北工業大学
3 東北大学大学院理学研究科
4 東北学院大学教養学部

概要

ゾウリムシの集団がどのように環境適応するのかを明らかにするために、1次元のチューブのゾウリムシの集団行動を実験した結果、ダイナミックな集団行動を発見した。 さらに自発的に形成されるクラスタのダイナミックスを、各個体の内部状態をモデル化することで明らかにした。 ゾウリムシは化学物質の濃度勾配に対して、速度を制御することで応答し、物質の濃度に対する適応のタイムスケールが、ターン数が持つタイムスケールよりも長くなったときに、クラスタがダイナミックに運動し始めることが明らかになった。このようにターン数を変化させることで、 環境の変化に即座に対応することと、環境にゆっくり適応するという内部状態を反映した速度の制御をすることで、ゾウリムシは環境の局所的なことろにトラップされることなく、クラスタそのものが移動するという現象が生まれる。

Adaptation-induced collective dynamics of a single-cell protozoan

Yoshikatsu Hayashi^{1,2}, Maiko Ogata^3, Ken Sugawara^4, Yoshinori Hayakawa^3

1 Department of Research and Development, NPO natural science
2 Tohoku Institute of Technology
3 Department of Physics, Tohoku University
4 Department of Liberal arts, Tohoku University

Abstract

We investigate the behavior of a single-cell protozoan in a narrow tubular ring. This environment forces them to swim under a one-dimensional periodic boundary condition. Above a critical density, single-cell protozoa aggregate spontaneously without external stimulation. The high-density zone of swimming cells exhibits a characteristic collective dynamics including translation and boundary fluctuation. We analyzed the velocity distribution and turn rate of swimming cells and found that the regulation of the turing rate leads to a stable aggregation and that acceleration of velocity triggers instability of aggregation. These two opposing effects may help to explain the spontaneous dynamics of collective behavior. We also propose a stochastic model for the mechanism underlying the collective behavior of swimming cells.

1 研究の背景

単細胞生物は、1個の細胞が1個の個体である。単細胞生物である大腸菌やゾウリムシは、刻々と変化する環境に適応して行動している。 ここでいう適応とは、温度や化学物質の濃度などの環境のパラメータに対して、その生物にとっての最適な条件のところに、 集まってくるという意味である。Jennings[3]は、イオン濃度など、PH などの変化させた環境で、ゾウリムシがある濃度のところに集まってくること、 つまり、ゾウリムシの化学走性を研究した。化学物質には、誘引物質と忌避物質があり、同じ物質でも濃度によって、誘引行動から、 忌避行動に変わる場合がある。これらの行動のもとになっているのは、細胞膜に存在する受容体タンパク質である。 それでは、どのようにゾウリムシは最適な環境条件のところに集合するのであろうか?走性を示すには、環境の情報を感覚し、運動を制御しなければならない。 まず、ゾウリムシの動きに注目すると、ゾウリムシは、径約0.2mm で楕円体状細胞であり、細胞表面に約5000 本の短い繊毛を持ち、それらを波打たせて進む。 この繊毛の運動はときどき、反転し、ゾウリムシは1 分間に数回、方向転換を行う。方向転換の時間間隔は指数関数で分布することから、 ランダムな運動を内在するメカニズムが考えられる。温度勾配がある中でゾウリムシが、最適な温度に集まる様子を解析した研究[4] で明らかになったことは、 単細胞がよりよい環境に集まるさいには、温度勾配の中を泳ぎながら、環境の温度が刻々と変化するのを感覚し、 環境温度が好ましくなくなると、方向転換の頻度を大きくし、好ましいと方向転換の頻度を減少させる。つまり、内在的にランダムに方向転換する というメカニズムをもち、感覚器からの入力によって、確率的な方向転換の頻度を制御するということを行っている。これは、環境をくまなくサンプルしようという、 ランダムサンプリングと、確率に重率をかけることで、最適な環境に集まろうという生物の戦略である。 一方、生物は自ら放出する化学物質によって、自発的にクラスタを形成することが知られている[1]。 このような細胞が示す集団行動のモデルとして、粒子描像を用いたKeller Segel モデルが知られているが[2]、これらの反応拡散系のモデルで は、細胞の内部状態は無視されている。細胞は、環境によって影響を受け、その内部状態は刻々と変化し、内部状態を反映して細胞はその運動制御をおこなっている。 本研究では、ゾウリムシの集団がどのように環境適応するのかを明らかにするために、1次元のチューブのゾウリムシの集団行動を実験した結果、ダイナミックな集団行動を発見した。さらに自発的に形成されるクラスタのダイナミックスを、各個体の内部状態をモデル化することで明らかにした。

2 実験方法

Paramecium Multimicronucleatum をワラ汁を煮出した水溶液で培養した。実験では細胞の入った水溶液を0.79mm の細いチューブに注入し、チューブの両端を繋ぐことで、リングを形成した。この環境においてゾウリムシは、1 次元的な環境で運動することになる。このリングをCCDカメラで撮影し、各個体の軌跡を解析し、細胞の密度、各個体の速度とターン数を定量化した。

3 結果と考察

外部からの実験条件の変化がない状態で、ある密度を超えたときに、一様な密度分布から、局所的な分布に変化し、細胞の集合体が形成される様子が観察された(図1)。 細胞の粗密の境界での密度変化は大きく、1次元のチューブの中では、集合体がベルトを形成しているように観察される。これは、Jenningsが、"invisible boundary "とよんだゾウリムシが自発的に形成する集合体に相当する。 図2 に見られるように、本実験での中間の密度領域では、このベルトは1次元のチューブの中を移動し始める。 移動速度は、1mm/h 程度である。さらに密度を大きくすると、より高密度のスポットが形成され、クラスタが集合と離散を繰り返す様子が観察される。 このような細胞の集合体の挙動のメカニズムを明らかにするために、各個体のターン数と速度を解析した。図3 には、プラス方向に向かう個体のターン数とマイナス方向に向かうターン数が示してあるが、 ゾウリムシの密度変化が大きいところで、ターン数が大きいことがわかる。つまり、集合体の外側に向かおうとする個体は、集合体の境界において、ターン数が大きくなり、集合体の中に滞在する時間が長くなる。 どのような環境の変化により、ゾウリムシは自発的に集合するのであろうか?ゾウリムシは、溶液のpH やイオン濃度などの化学物質の環境に応答することが知られている。ゾウリムシは二酸化炭素を呼吸の副産物として排出し、実際、二酸化炭素を水溶液に注入すると、細胞が集まってくることから、 呼吸により排出される二酸化炭素が溶液中に濃度勾配をつくり、その濃度勾配に従って、ターン数が変化し、自発的に集合すると考えられる。


図1: 密度変化によるクラスタのタイプの相図とチューブ内のクラスタの映像


図2: チューブに沿った細胞の密度分布:横軸は、曲線座標系における位置(mm) を表し、集合体の映像は、30 秒ごとに360 分撮影された。平均の細胞密度は(a)3.0 と(b) 12 mm..3 である。白い点がゾウリムシの個体を表す。


図3: 局所的な濃度と、プラス方向とマイナス方向に対するターン数の分布

ゾウリムシはターン数を変化させるだけでなく、泳ぐ速度も変化させる。図4 は、集合体の内外のゾウリムシの速度分布である。集合体内においての速度は0.7mm/sec で、集合体の外では、その2 倍ぐらいの速度で運動している。クラスタ内外の速度変化はどのように起こるのだろうか?個体の軌跡を追跡した。クラスタ内にいる個体が、境界から出る場合は、境界において加速することがわかった。逆にクラスタの外から、クラスタ内に入る場合は、境界において減速することがわかった。クラスタ内の化学物質の濃度に適応したゾウリムシは、濃度変化に対して、ストレスを感じ、濃度勾配が大きいところで加速すると考えられる。実際、1個体をチューブに入れた場合に、ゾウリムシの速度を測定したところ、クラスタ内部の速度分布に近いことが明らかになった。この場合は化学物質がない環境に適応していると考えられる。


図4: ゾウリムシの速度分布:(a) チューブ内に1個体のゾウリムシを注入した場合の速度分布:クラスタが形成された場合、密度が疎な部分における速度分布(b) と密な部分における速度分布(c) 平均の密度、平均の速度.v.、標準偏差 が挿入されている

4 考察とモデリング

1個体の場合は、どこに泳ごうともチューブ内は一定の環境である。この個体は均一な環境に適応していると考えられる。チューブ内にクラスタが形成されている場合は、化学的な環境がクラスタ内外で異なっていると考えられる。クラスタの境界付近で、ターン率が上がることによって、個体はクラスタ内に閉じ込められる。 この個体は、クラスタ内の化学的な環境に適応すると考えられる。しかし、確率的にクラスタの外に出ることがあれば、慣れていない濃度の環境に出ることによって、ストレスを感じ、2倍の速度で泳ぐと考えられる。クラスタの形成とそのダイナミックな運動は、以下の二つの相反する効果による自発的なクラスタ生成プロセスと考えることができる。

  • 1. 個体は、化学物質の濃度勾配に瞬間的にターン数を制御することによって応答する
  • 2. 個体は、化学物質の濃度勾配に対し、速度を制御することによって応答する

1の要因により、クラスタが形成され、2の要因はクラスタを不安定化する。この二つの効果によって、クラスタは全体として、チューブ内を移動すると考えれられる。 またゾウリムシのターン数と速度の応答の時間スケールとして、ターン数は瞬間的に応答するのに対し、速度の応答には、化学物質の環境に対する適応がみられ、30 秒ぐらいの緩和時間によって新たな環境に適応することが、速度の自己相関関数を計算することにより、明らかになった。以上の考察をより明確にするために確率的なモデルを導入する。化学物質の濃度勾配の中で、ランダムウォークする粒子を基本にしながら、粒子の内部状態を取り入れ、内部状態がどのようにクラスタのダイナミックスに反映されるかを調べた。i は個体の番号である。x_i とv_i は、i 番目の個体の位置と速度を表す。 というレートで化学物質を環境中に放出する。c は化学物質の濃度を表し、減衰項とともに以下の拡散方程式で記述する。

(1)

各個体は、以下のように化学物質の濃度勾配と勾配に対する進行方向によってターン数を制御している。

(2)

濃度勾配に対する非対称的な応答を以下のように導入する。

もし、ゾウリムシの速度が一定であるなら、以上のモデルでクラスタ形成が行われ、一度、形成されたクラスタは安定に存在する(図5)。実験結果によると、ゾウリムシの速度の制御は、化学物質の濃度に対する適応によっていると考えられる。 そこで、内部の状態変数を取り入れることで、化学物質の濃度への適応プロセスのモデル化を行った。内部変数\Phi_iは化学物質の濃度に近づき、かつ、ある緩和時間\tau で減衰すると仮定した。

(3)

緩和時間 \tau はゾウリムシの速度の自己相関関数から得られた30 秒という値を使った。ゾウリムシは、 自分がいる場所における化学物質の濃度と内部の状態変数の差をストレスとして感じる、速度を制御すると考えられる。 つまり、外部環境と内部状態との差が大きければ、より大きなストレスを感じ速度が速くなる。

(4)

ここで\sigma は、以下で与えた。\sigma (s)= \frac {s^2}{k_b^2+s^2}


図5: シミュレーションから得られた個体の密度分布の時間発展(a) and (c): 速度制御のない場合 (\gamma = 0) (b) and (d): 速度制御がある場合\gamma = 2. 他のパラメータは\bar{v}=0.7, \bar{mu}= 0.02, \lambda=20, k_a = 5, D_a = 0.002,  \xi=1.0, \alpa = 0.02, \tau = 30 k_b = 20.

ターン数や速度の計算に必要なパラメータは、実験データから得られた値を使用した。化学物質や内部状態の緩和時間は、数分のオーダを仮定した。シミュレーションの結果、明らかになったことは、ゾウリムシが環境の変化に対して、ターン数のみで応答しているのであれば、カスプ型の安定なクラスタを形成することと、化学物質の濃度勾配に対して、速度を制御することで応答しているゾウリムシは、環境に適応する内部状態を反映した速度制御を行うことによって、クラスタがダイナミックに運動し始めることである。さらに物質の濃度に対する適応のタイムスケールが、ターン数が持つタイムスケールよりも長くなったときに、クラスタが移動し始めることが明らかになった。 また2次元系においても、密度が大きくなった場合に、クラスタが形成され、クラスタの移動や生成消滅といったダイナミックな運動が観察された(図6)。2 次元系の場合、クラスタの臨界半径が存在するようである。このように、ターン数を変化させることで、環境の変化に即座に対応することと、環境にゆっくり適応するという内部状態を反映した速度の制御をすることで、ゾウリムシは、環境の局所的なことろにトラップされることなく、クラスタそのものが移動するという現象が生まれる。


図6: 2 次元系におけるゾウリムシのクラスタ形成

参考文献

  • [1] H. Salman, A. Zilman, C. Loverdo, M. Jeffroy, and A. Libchaber, Phys. Rev Lett. 97 (2006) 118101.
  • [2] E. Keller and L. segal, J. theor. Biol. 30 (1971) 500. c
  • [3] Jennings HS, Behavior of the Lower Organisms (Indiana University Press, Bloomington,1906)
  • [4] Y. Nakaoka and F. Oosawa, J. Protozool 24 (1977) 575.

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