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ボルボックスの走性のカップリング

文責:林 叔克 (2007年10月11日) カテゴリ:日本物理学会(2007.09)(3)複合刺激に対するボルボックスの応答(7)

この研究報告は2007年9月末の物理学会秋季大会での発表をまとめたものです。本研究は文部科学省の科学研究費により、東北学院大学で行われています。共同研究者は学院大の鈴木由美子さん、菅原研さんです。

研究の目的

生物は環境から膜で隔てられて、いろいろな刺激がある環境中を生きています。環境中からいくつかの刺激が同時に感覚器官に入ってきますが、生き物はひとつの応答しかできません。インプットが多なのに対して、アウトプットはひとつなのです。そこで生き物は感覚器官からの情報を統合し行動していると考えられます。つまりここに生き物の判断が入ります。

本研究では、環境中に複数の刺激がある場合に、感覚器官からの情報の統合をどのように行っているのか、生き物がどのように判断しているのか、を明らかにしていきます。

研究の手法として、生き物をすりつぶして遺伝子やタンパク質などの物質の階層から答えるのではなく、生き物を生きたまま観察することで、生き物がもつストーリーを明らかにします。生き物らしさを考えるとき、まず単純な多細胞から考えたいと思います。


研究の背景

本研究では、多細胞の中では単純な生物のひとつであるボルボックスを実験対象に選びました。ボルボックスはきれいな池の中に生きていて、光合成ができる植物でありながら、体の表面に生えている毛(繊毛)を使って水の中を泳ぐことができます。

日中、池の水の温度が高いときは池の表面の光があるところに集まっていますが、夕方、池の水の温度が低くなってくると光から離れて、池の底に向かいます。このように光に対する応答は環境の温度によってかわります。


ボルボックスの実験

ボルボックスは光に応答する性質と電場に応答する性質が知られています。光と電気の刺激を同時に与えた際、各個体はどちらかひとつの刺激に応答するでしょうか。それとも両方の刺激に同時に応答するのでしょうか。

実験のステップ
1.電気刺激をあたえる
2.光刺激をあたえる
3.電気と光の刺激を同時にあたえる
刺激後の各個体の運動方向の角度分布を求める。

生き物はそれぞれの個体に「個体差」があるので、同じ実験条件でも、個体で反応が違うことがよくあります。そこで分布という考え方、「100匹中、何匹の個体がどうしかた?」が重要になります。


電気刺激の実験

ボルボックスに電気の刺激をあたえます。
1.8割ぐらいの個体がマイナス電極の方向に進んでいきました(負の走電性)
2.電場の強度を大きくするに従って、より多くの個体がマイナス電極の方向にすすんでいきました

走電性に関しては負の走電性のみ観察されました。電場の強度を大きくするに従って、ボルボックスは負の走電性に対する指向性を高めたと考えられます。


光刺激の実験

ボルボックスに光の刺激をあたえます。
1.光の強度がが弱いときは、光の方向にすすむ個体(正の走光性)が大半をしめました
2.光の強度を強くすると、今度は正の走光性と光から遠ざかる方向にすすむ個体(負の走光性)の二つの集団がみられました

光の強度を強くすると、正の走光性をもつ個体、負の走光性をもつ個体の二つの集団に分化するということです。それぞれの個体の光に対する内部の状態が違っているので、光に対する応答がちがってくると考えられます。環境の条件が厳しくなると個性が出てくるということでしょうか。


光の刺激と電気刺激を同時にあたえる実験

ボルボックスに光と電気の刺激を同時に、互いに直交する方向からあたえます。
1.二つの刺激の方向に対して、ななめに進む個体が大半をしめました。ボルボックスは走電性のベクトルと走光性のベクトルを合成した方向に進行したと考えることができます。
2.光の強度が弱いときは、正の走光性ベクトルと負の走電性ベクトルを合成したと考えられる方向にすすむ個体が大半をしめました。
3.光の強度が強いとき、ボルボックスの集団は二種類の応答を示しました。2の集団に加えて、負の走光性ベクトルと正の走電性ベクトルを合成したと考えられる方向にすすむ個体がみられました。

以上の結果はボルボックスは走性ベクトルの合成を行うことができるということです。3の結果は負の走光性によって正の走電性が発現したと考えられます。さらに発現した正の走電性と負の走光性の二つのベクトルを合成したと考えられます。

ボルボックスは2次元空間において走性を合成するという結果が得られました。内部で情報の統合を行い、応答したとみることができます。また情報の統合に相関がみられることが明らかになりました。脳も神経系もない多細胞生物で「判断の相関」がみられるといったことが今回の発見でした。現在、実験中ですが単細胞生物のゾウリムシではこのような2次元空間における走性の合成はみられません。情報を統合し、ある方向にすすむといった判断を行うためには、ある程度の個体の大きさと細胞数が必要だと思われます。

「判断の原型」をわずか5000個の細胞の個体にもとめることができることが今回の驚きでした。


現在おこわれている実験

現在おこなわれている実験を報告します。また今後の研究の計画も紹介します。この研究は東北学院大学の教養学部3年の自主ゼミにおいて行われています。

ボルボックスの統合失調症!?

今までの研究では、二つの刺激に対してボルボックスがうまく情報を統合し、応答する様子が観察されました。しかし実は、情報をうまく統合できず不自然な動きをするボルボックスが観察されています。
ボルボックスは自転しながら運動しています。運動の軌跡はらせん状になります。刺激を与えたときのボルボックスの運動の様子をクローズに観察すると、運動パターンが2種類に分類できることがわかりました。

運動1.個体の自転軸と個体の進行方向が一致している
運動2.個体の自転軸と個体の進行方向が一致していない

複合刺激を与えたときに運動の方向性をもっている個体は運動1を行い、運動の方向性がはっきりしない個体は運動2を行っていることが観察されました。


現時点での実験結果

まずできるだけ環境からの刺激が少ないと思われる条件でボルボックスの運動を観察しました。上記の運動1の運動パターンを示す個体しかみられず、運動1が自然な状態のボルボックスだということがわかりました。運動1をナチュラルな運動と呼び、運動2をアンナチュラルな運動と呼びます。


1.光刺激のみをあたえたときは、光の強度にかかわらず、ナチュラルな運動をする個体しか存在しませんでした
2.電気の刺激のみをあたえたときは、電場の強度が大きくなるとアンナチュラルな運動をする個体数が増加しました
3.現在、複合刺激においての実験を行っています


今後の実験計画

ボルボックスは、個体としてブラウン粒子のような運動の軌跡を描きます。もちろんブラウン粒子とは異なり、内部の自発的な揺らぎによって運動しているわけです。
「内部の揺らぎ」と「感覚からの情報の判断」との関係はどのようになっているのでしょうか。ボルボックスが出している力をはかることで見えてこないでしょうか。

1.自発的なゆらぎによって運動しているときの力の大きさをはかる
2.走性によって運動しているときの力の大きさをはかる
3.「揺らぎの大きさ」と「出している力の比」をはかる

実験の手法としてはレーザートラップによってボルボックスが出している力の大きさをはかれないかと考えています。




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