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第1回「科学と社会」意見交換・交流会
結果報告(ゲスト:工藤治夫さん)

文責:大草 芳江 (2009年4月 6日) カテゴリ:「科学と社会」意見交換・交流会(12)

 「科学と社会」意見交換・交流会は、毎回各界のゲストを迎え、「科学」と「社会」はどのようにつながっていくべきなのかをテーマに、様々な立場の方々とのディスカッションを行うものです。「科学と社会の関係性」についての捉え方は、立場によって異なります。議題は、ゲストが「科学と社会の関係性」をどのように捉えているのかというところからスタートし、その切り口から、参加者同士で活発なディスカッションを行います。


 第1回目は、工藤治夫さん(工藤電機株式会社会長、宮城産業人クラブ会長、みやぎ工業会理事、太白少年少女発明クラブ会長) をゲストに迎え、約20名の参加者とディスカッションを行いました。工藤さんは、「ないものをつくる」精神を貫き、ものづくり界で活躍される方ですが、自社の利益だけでなく、地域社会がどうあるべきかを考え、仙台に電気バスを走らせる「e-タウンバス構想」や「仙台市太白少年少女発明クラブ」設立など、様々な活動を実践されている方です。


 工藤さんからの切り口は、「地域に役立つ科学、というものもあるでしょう。地域、わたしたちの足元には、科学の種がいっぱいあります。その種には、人も含まれています。子ども達も、もちろん種です。その一方で、社会的に起きているネガティブな課題も増えています。それを科学で解決していく。その方法を、皆でディスカッションしましょう」というものでした。


 本会は、ゲストの切り口について、工藤さんからその意図をお話いただくところからスタートしました。工藤さんは、「ものづくり」と「環境」の2つの言葉について、まず定義付けをしました。まず「ものづくり」とは、単に製造業を指すのではなく、形がないものも含め、新たな付加価値を生むものすべてと定義すること。そして「環境」とは、地球環境だけを指すのではなく、経済環境、生活環境、家庭環境を含めること。以上のように定義した上で、マクロな視点から、新たな付加価値を生み出すにはどうすれば良いか、自分の足元にある種をもとにした議論をしましょう、という問題提起でした。


 ディスカッションでは、「科学と社会」をテーマにして、途中からはお酒も交えながら、多様な立場の方々からお話を伺いました。内容はどちらかというと、何か具体的に一歩行動していきましょうという話よりも、それぞれの世代の違いや、実際やってきたことの違いを前提として、それぞれの方がリアルに感じていることをお話いただく形になりました。明確な落としどころをつくることを主目的にせず現状認識を主な目的としましたが、ある意味「科学と社会」の現状が浮き彫りになったようです。「あの情報には、このような意味があった」と自から位置づけたときに、その人にとってはじめて情報になる会になったと思います。


 今回は参加者が20名ということで、ひとつの議題をひとつのテーブルで共有する形をとりました。今後、参加者が増えていくにつれ、任意のグループで活発な議論をするための場づくりについて、設定していく必要性を感じました。より活発な議論により、「科学と社会」の現状が浮き彫りになるような場づくりをできればと存じます。


日時 2009年4月4日(土)18:00~20:00
場所 FiveBridge (仙台市青葉区北目町4-7HSGビル3階)
※仙台駅より徒歩10分、東北大学片平キャンパス隣接
ゲスト 工藤治夫氏
(工藤電機株式会社会長、宮城産業人クラブ会長、みやぎ工業会理事、太白少年少女発明クラブ会長)
ゲストの切り口 地域に役立つ科学、というものもあるでしょう。
地域、わたしたちの足元には、科学の種がいっぱいあります。
その種には、人も含まれています。子ども達も、もちろん種です。
その一方で、社会的に起きているネガティブな課題も増えています。
それを科学で解決していく。その方法を、皆でディスカッションしましょう。
司会(記者) 大草芳江(natural science 理事、宮城の新聞)

「科学と社会」意見交換・交流会の詳細につきましては、こちらをご覧ください


参加者

【ゲスト】
工藤治夫氏
工藤電機株式会社会長、宮城産業人クラブ会長、みやぎ工業会理事、太白少年少女発明クラブ会長
奥村清彦仙台市太白少年少女発明クラブ
中山孝文無職(今年度/理科支援員継続)
高橋延一有限会社キャンパス
小松健一郎ACL
井上郡康MELON センター統括
高浜みゆき仙台市政策調整局、広報官
伊藤芳春宮城県鶯沢工業高等学校 校長
竹岡芳成(株)プロジェクト地域活性 マネジャー
山崎賢治宮城県教育委員会
以下NPO法人 natural science メンバー
遠藤理平代表理事
林叔克東北工業大学特別研究員
大草芳江宮城の新聞
大野誠吾東北大学大学院理学研究科助教
八重樫和之東北大学工学部4年
佐瀬一弥東北大学工学部3年
結城麻衣東北学院大学大学院人間情報学研究科1年
田村友里恵東北学院大学教養学部4年
高城敦子東北学院大学教養学部3年

主なディスカッション内容

・工藤さんが定義する「ものづくり」と「環境」について、東北・宮城・仙台の優位性とは何と考えるか。

・今までの経済発展は遅れているが、切り口を変えると、東北には、その分、古いもの、素晴らしいものが残っている。古いものを捨てて、新しいものばかり追いかける国は滅びる。ただし、東北にはそれに気づく人が少ない。

・科学者として地域社会に何ができるかという視点から活動している。地球環境を人間が、どのように実感することができるかを考えているが、生物としての人間がどのような存在であるかを実感できる機会がなかなかない。あるいは、人間が地球環境そのものにリンクをかけて意識することには、ギャップがある。東北だからこそできる物質とエネルギーの循環を、地域の共通認識として、いかに実感できるようになるか。そのためには、どのようなアプローチが考えられるだろうか。

・教育委員会の立場から、明日から何をはじめるか。経済的にも自然環境的にも循環型で継続的な社会へシフトチェンジしなければならない時期。そのようなメンバーを育てていくのが、教育。OECDの掲げる教育コンセプトも、一番根っこに「思慮深さ」を要求している。東北は、循環型を自律的に続けていかなければならない切実なエリア。そのために必要なものが潤沢にあるわけではないので、世界最先端の、循環型社会をつくる実験場として良いところではというイメージがある。僕らとして、どのように地域づくりに取り組んでいくべきか。

・科学的にデータを分析すれば、方向性は見えているのではないか。

・理想状態に近づくために、それぞれがやれることを明示的に認識してやっていくことが重要。しかしながら理想論だけだと、結局「じゃあ、俺はいいや」となるのが普通の人だと思う。過去の過程で連続性をもって今があるわけだが、ここ仙台・宮城において我々は、次、それをどうとっていくか、それがどうしたらよいかわからないからこそ、意見交換会がある。その指針となるところが、ここ仙台・宮城である必然性から、もう一歩踏み込んだところで、明日一歩進むことが、一端でもつかめればと思うが。

・言っているのは、夢や理想論、人間としての理念。知識を伝えることはできるが、知恵は伝えることはできない。そのやり方を求めても無理。実際に他のところへ行ってから、ここを眺めてみる。それをどう活かすかは、自分で気づくものではないか。生きる知恵は、自己責任である。

・ブータンでは、国民総幸福度(GNH)が憲法に規定されている。循環型社会の生活を守るために、過度な開発を否定するが、テクノロジーは否定していない。バランスを崩す導入の仕方を、国全体でNOと言っている例として、面白い。

・東京から仙台に来て2年目。なぜ仙台に来るか。東京にいるほうが年収も良かった。仙台は、食が豊かで、お金だけでない世界があり、住み心地が良い。生活として豊かだと思うが、人によって考え方は様々。お金で良いブランド品を買ったり、海外旅行したいという人もいる。その価値判断は否定しないが、どこかで個々人が「こうしよう」とアクションがない限り、化石燃料をずっと使う生活はストップできない。いつどこでその人自身が変わろうとする思いが出るかが問題。しかしながら、いつ誰がどのタイミングで言うのかが難しい。行政にいる立場から、行政がリードする形ではなく、皆さん個々の意識改革が必要だと感じている。

・宮城県内で地球温暖化の活動拠点として県から指定され活動している。各都道府県で行われている環境活動を表彰するコンテスト「一村一品」という事業を行っている。海外から取り寄せたシステムではなく、昔の日本がやっていること。意外とヒントは、昔の日本にたくさん隠されているような気がしてならない。東北で昔から行われている農業や建築の方法を見つめなおすと、意外と我々がやるべきことはあると感じている。

・今の化石燃料を使う文明は、もともとポジティブな発想からはじまっているが、それが気づかないうちに、だんだんネガティブな結果が派生してきた。そのネガティブなことに気づいて、はじめて原因追求が始まる。原因をある程度つかまえられたら、それを取り除くことによって、次のステップにいけるのではないか。「地域」と言うと、自分の身のまわりにしか目が行かないが、足元で役に立つものは世界でも役立つはずだ。東北大学の地球工学科(現在の環境科学研究科)で仕事をしていた頃、40年前は地下資源の採掘技術、生産側の技術開発を行っていた。最近はネガティブ現象を退治するにはどうすれば良いかという方に、研究がシフトしている。技術は無理やり作り出さなくても、必要に応じて必ず出てくるものだ。本当に必要なものか・そうでないのかを分類をして、とにかく必要なものだけを追求していく。欲しいものはとりあえず我慢しろ、と言うことが、これから特に大事だと思う。

・「一村一品」運動は大切だが、ごぼうが名物だからごぼうにしようという発想はやめたほうがいい。どこもやっていないものは何か。そういう発想じゃなければやっていけない。

・農家出身。つい隣の地区のことがわからないことがある。姉が嫁いだ先では、「一村一品」の反対で、各農家がある野菜を「つくらない」しくみがあることを知った。昔は自給自足で、例えば、ねぎはつくらず、ねぎは貰うしかない。目に見えるものだけでなく、しくみやシステムも含めての「もの」づくりの例だと思う。

・教育界の先生達と、我々産業界・経済界と、子ども達を挟まないで、交流する場がない。我々は、先生達の背中から、応援団になるよと言っている。

・東京では、人と人との接点が希薄。仙台だからできることなのでは。

・東京でも、三鷹の好例はある。教育長の心行きや、住民の意識の高さがあるのでは。

・今日の内容を踏まえた上で、一市民がそれぞれ得意なものを活かして、どのような枠組み、どのように共同できることがあるだろうか。

・大学に20年務め、現在は中等教育のキャリア教育をライフワークにしている。西高東低、西の開発が進み、東の開発が遅れたが、ルールや環境が変わり、開発された弊害が出てきて、東北にチャンスがある、その中でバランスが取れた開発が可能なのではという工藤さんのお話に、なるほどそうだなと感じた。地球全体で見ると、化石燃料を使うことで、様々な公害の問題も出ている。先進国は「二酸化炭素を制限しよう」という提案を出すが、途上国は「先進国は良い思いをしてきたのではないか」。そのギャップをどう理解していけば良いか。そして世代の違いをどう理解すれば良いか。若い世代に対して、押し付けることになってはいけないのではないか。世代の違いをどのように尊重していけば良いか。公正な社会はどうあるべきかを教える上で、現状を認識させる必要があるが、日本の格差の影響を受けている子ども達に、どのような問いかけをすれば良いだろうか。文系として、メンタルな部分を問いたい。おじさんやおじいさんはそう言うが、若い人は実際にどう思っているのか。

・大学3年生。「環境」と聞いて、危機であることは頭で理解できるが、自分の身に実感がないから、行動するまで上がらないのが私の気持ちかなと思う。食べられるものは食べられるし、着れるものは着れるから、危機感が湧かず、行動まで移るまでいかないのが現状。

・大学4年生。小中高で習った「環境」は、イコール地球「環境」。経済環境や生活環境、家庭環境だと認識しないまま育ってしまう。地球「環境」は遠い話のことだと捉えており、身近なものを「環境」として捉えていないことに気づいた。

・大学4年生。「環境」と言えば、小中高で地球「環境」問題についてよく習った。頭では問題なのはわかるが、自分と関係ないところで起こっている自分とは関係ない問題だと思っていた。けれども今のいろいろな問題が、市場原理主義に起因していることを大学の講義で知り、本当にそれが問題なのだと気づいた。お金が人と人とを結ぶのが普通だと思っていたが、昔はお金が介在しない文化があったことを習い、自分が普通だと思っていたことが普通ではないことに気づいた。

・今の仕事が、国の委託を受けて、農商工連携の支援をしていく、地域づくりをやっていく会社。地方に若い人が残らないと成り立たないということで、若い人をひっぱったり残したりするためには、どうすれば良いのかを考えているが、その中で今思うことがある。例えば、金・金・金の世の中になったとか、化石燃料を大量消費した、これが問題だということはわかるが、これが何故かとか、誰が悪いかとか言っても、意味がない。特に私の親は、昭和18年の人間で、生まれは朝鮮。田舎では引揚者には居場所もなく、もっと言えば差別もあった。親父は今でも実家に戻りたくないと言っている。田舎は田舎で、人間関係がややこしい。合理的に見るのではなくて、ただのやっかみだったり、根拠のない差別で人を迫害する。親父は必死に働き、私はひもじい思いをせずにここまで来た。金・金・金の世の中になったのも、嫌なしがらみから解き放たれたい、貧しさからも開放されたい、なんとか家族を養いたい。環境問題を押し付けるためにやっていたわけではなく、良かれと思って、しかも嫌なことから逃れたいと思って、やってきて、今がある。例えばある田舎へ行っても、人間関係がすごくある。余所者の私達から見ると、理解を超えたような世界もいっぱいある。そこにははっきり言って、理由がない。そういう中に例えば、仕事をそこでつくれたとしましょう。そこに人が来たところで、本当にハッピーになれるのか。それが正直今、わからないところがある。地域の活性化をやっているが、今自分が仕事をしている軸としては、地域の中で仕事をつくらないと人は生きていけないから、仕事をつくるためにどうしましょうかという相談をしている。その一方で、新しい人間関係をつくることができないと、余所者が排除されるとか、またいろいろ起こるのだろうと思う。答えがないのはわかっているし、わかっていればこんな問題が起こらないのだろうが、そう思いながら、仕事をしている。失礼ながら、ものづくりと重なる部分もあるのでは。

・技術系の会社で仕事をしている。人間が創造性を発揮すれば、たかだか数千円のものでも付加価値をのせることができるという「ものづくり」の工藤さんの話が、ひとつの答えだと思った。まわりで認める人も当然必要だろう。これから物質的には苦しくなっていくかもしれないが、付加価値をつくることは、人間を耕すことをすればいくらでもつくれるのだ。

・知恵を育むことは支援できるが、知恵を育むのはあなた達自身。今日の「野人」の話を、こういう考え方もあるのかと、気持ちのどこかに持って、いつか自分で判断するとき、あるいはいろいろな情報が入ってきたとき、アンテナの感度がそちらに上がるかどうかだ。「気」は、周波数で言うと、共鳴現象である。今後の行動の中で、0.1%でもこの話が記憶にあって、それが近いような情報にぶつかったときにひゅっとそれが同調して、意外と新しい考え方・行動・新しいところへ進む術が生まれてくるかもしれない。それが「気」である。明日から実行しようと慌てる必要はない。皆さんの「気」づきになってくれると良い。

※次回予告とこれまでの様子は、こちらからご覧になれます。



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